大坂人と『よしもと』って?

大坂と聞くとたいていの方が『たこ焼き』に続き『よしもと』をイメージされると思います。それだけ『よしもと』は大坂人とは切っても切れぬ間柄。では大坂の人にとって『よしもと』とは何なのでしょう。その謎を解いていきたいと思います。

◆『よしもと』は生活の一部

「おもろいなぁ、よしもと行け」このフレーズ、大坂の子供なら必ず耳にしている言葉です。 クラスの人気者やいつもふざけて友達を楽しませる子供に、学校の先生までもが当たり前のように発する言葉です。「こんにちは」と同じくらい頻繁に飛びかう言葉。大坂では『面白い』=『よしもと』は何の不思議もない方程式なのです。

関西では『楽しい人』はとても値打ちのある人材として扱われます。これも『よしもと』の影響です。なぜ、そんなに関西人に『よしもと』が浸透しているのか。それはなんといっても『吉本新喜劇』コレに尽きます!

まだ学校が週休2日制ではなかった頃『半ドン』と呼ばれ、土曜日の授業は午前中で終了していました。そして、子供たちは家路を急ぎます。昼食を取りたいのはもちろんですが、それはだけではなく、実は『吉本新喜劇』が観たいのです。毎週土曜日の午後は芸人たちの舞台『吉本新喜劇』の放送日だったのです。

お昼ごはんを食べながら、テレビから流れるドタバタ劇に大笑いする。これが大坂では土曜日のお昼の風景です。そして笑いと食事でお腹を満たした子供達は外に飛び出し、友達の前でたった今テレビで観たばかりのギャグやツッコミを披露しあうのです。

より面白く友達を楽しませた者が人気者になっていくのは、どこにでもある法則です。互いに腕の見せあい、勝負どころ!大坂人が子供の頃から『ボケ』と『ツッコミ』が体に染み付いている答えはコレなのですね。それだけ『よしもと』は大坂人の日々の暮らしに密着してきたのです。

◆『よしもと』に学校ができた!

でも、「面白いから、よしもとに行け」と言われたところで、いったいどうすればいいのでしょう。一昔前まで芸人になるには、一般に弟子入り制度しかありませんでした。師匠と決めた芸人に弟子入りし、修行を積まなければいけません。『よしもと』自体は『吉本興業株式会社』というれっきとした会社なので、芸人でもない限り社員としての入社ということになり『面白い人』は関係ないのです。

ところが1980年の漫才ブームを機に1982年、ついに芸人になるための学校ができました。『吉本総合芸能学院』今や知る人ぞ知る通称『NSC(New Star Creation)』です。大阪校の第一期生に『ダウンタウン』『ハイヒール』『トミーズ』がいたのは有名な話。現在ではお笑い芸人だけではなく、タレントを育てる養成所としても知られています。このNSCの設立により、学校を卒業してから進む道の一つとして『よしもと』がグッと身近になりました。

このように大坂の人にとって『よしもと』は生活であり、歴史であり、文化であるといっても過言ではありません。切っても切れない間柄なのです。

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